鶴ヶ峯八幡神社
今回は、宮城県黒川郡大和町宮床にある鶴ヶ峯八幡神社です。
寛文3(1663)年に火災により古記録を焼失したため、創建年代は明らかではありません。
神社入口に建てられた案内板によると、長徳元(995)年に宮内少輔が京都の賀茂明神の御幣を勧請し、宮中大明神として祀ったことに始まるといいます。
江戸時代になると、宮床村の領主であった宮床伊達家出身の伊達吉村(第5代仙台藩主)をはじめ、歴代藩主や宮床領主からの崇敬を受けました。
駐車場へは、鳥居横の道を進みます。
神社への参道へは、車が通れないように柵が設置されています。
不法投棄防止のためのようです。不法投棄、ダメ、絶対。
参道を進んでいくと、石段が現れます。
自然石を配した石段ですごく私好みです。
境内はこんな感じです。
社殿は明治9年の山火事で焼失し、再建されたものです。
鶴ヶ峯八幡神社には、ステキな狛犬がいます。本殿は明治に再建されたものですが、狛犬は江戸時代のものです。笑顔がステキですね。
こちらは江戸時代に製作された石仏です。細やかな部分まで彫られており、なかなかのクオリティです。
鶴ヶ峯八幡神社を参拝するに当たって、ぜひとも見ていただきたいのがこちらの庚申塔です。
『宮城県北部の庚申信仰』という本で存在を知ったのですが、著者曰く、宮城県北のなかで最も美しい庚申塔とのこと。
この庚申塔は享保4年造立のもので、柱状駒型で上縁部が突き出ています。頭髪は帽子状で一面4手、持物は輪棒・矛索、日月に瑞雲、二鬼・二童子・四夜叉・二鶏三猿など、庚申塔の構図といわれるものは一通り備えています。
彫刻も丹念に彫られており、関東の標準的なものを研究した専門の彫刻師の手になるものと考えられています。
なお、この庚申塔には裏面にびっしりと以下の文言が彫られています。
庚申神一軀 當太守吉村朝臣爲 年来所願成就報賽 建諸奥劦黒川郡 宮床村原添者也 享保四年六月廿八日願主敬白
ここにある「太守吉村朝臣」とは、仙台藩5代藩主伊達吉村のことで、庚申塔の造立者は刻まれていませんが、藩主と関係のある武士であったと思われます。
最後におまけです。鶴ヶ峯八幡神社には、庚申塔以外にも石仏があり、そのどれもが近隣地域とは一線を画すクオリティの高さです。宮床村の文化レベルの高さがうかがい知れます。
【所在地】宮城県黒川郡大和町宮床赤坂73
【御朱印】不明
【駐車場】あり