鼻節神社~国府ゆかりの延喜式名神大社~

2021年3月13日

今回ご紹介するのは、宮城県宮城郡七ヶ浜町にある鼻節神社です。

ここは延喜式名神大社であるだけではなく、海底に沈む奥の院があったり、某アニメの聖地だったり、怪異のウワサがあったりと大変興味深い神社です。

半島の延喜式名神大社

鼻節神社は七ヶ浜町にある延喜式名神大社で、旧社格は村社です。

鼻節神社は海上安全の神徳により航路の守り神として信仰されており、七ヶ浜半島の東端、仙台湾側に面した垂水山(たるみずやま)に鎮座しています。

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地図の黒丸で囲んだあたりが七ヶ浜町です。鼻節神社はこの半島のちょうど突端に鎮座します。

七ヶ浜町は地図からもわかるとおり、日本三景の一つである松島の裏側に位置するため、「裏松島」と呼ばれる景色を楽しめます。

祭神と由緒(歴史)

諸説ある祭神

祭神は猿田彦命(岐神(ふなどのかみ))です。

『宮城郡誌』に収録されている元文3(1738)年に記された『鼻節大明神の御縁起』によれば、鼻節神社の社名は猿田彦命の鼻が高く、節があったことに由来するといいます。

また、祭神には異説もあり、享保18(1733)年に完成した『神名帳考証』は木花開耶姫(このはなのさくやひめ)と埴安神(はにやすかみ)としています。

その理由としては、「鼻」は「花」と言う言葉に通じて木花開耶姫を指し、「節」は「泥(うき)」の音に通じて埴安神を指すというものです。

  • 猿田彦命…天孫降臨の際、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト、天照大神の孫)の道案内をした。道祖神や庚申信仰と結びつく。
  • 木花開耶姫…日本神話に登場する女神。瓊瓊杵尊の妻。
  • 埴安神…日本神話に登場する土の神。伊邪那美命の大便から化生した。「埴(はに)」は土のこと。

由緒(社伝と史料から)

社伝によれば、鹽竃神社と同じ神(塩土翁神)が神代に御舟にて鼻節浜(花渕浜)に上陸、孝安天皇の時代に「ほうが崎」に鎮座があり、舒明天皇2(630)年に初めて圭田(祭祀用として天子から賜る田)43束を奉り神事を行ったといいます。

  • 孝安天皇…第6代天皇(在位:紀元前392年~紀元前291年)。欠史八代の1人で実在性は疑問視されている。

その後、宝亀元(770)年、「ほうが崎」は風が強く、度々社殿が破損したので現在の鎮座地である垂水山に移ったとされます。

鼻節神社は、『続日本後紀』の承和11(844)年8月17日条に、霊験ありとして無位から従五位下へ神階を叙位されています。

また、延長5(927)年の『延喜式神名帳』では「陸奥国宮城郡 鼻節神社 名神大」と記載され名神大社に列しています

  • 延喜式…平安時代中期に編纂された、古代政府の根本法令を補う形でその後発布された施行規則を集大成したもの。

なお、平安時代中期成立の『枕草子』に出てくる「はなふちの社」は鼻節神社を指すといい、その杜が「活田の社」や「龍田の社」などの名社と共に数えられていることから、都人にも知られ朝野の崇敬を受けた神社であったとする説もあります。

どちらにせよ、古代から霊験あらたかな神社として崇拝されていたことは間違いなさそうです。

鎌倉時代に入ると、源頼朝から陸奥留守職に任じられた伊沢氏(留守氏)が鹽竈神社の管理権を掌握しました。

同時期に鼻節神社は留守氏家臣で花淵城主でもあった土豪花淵氏累代による尊崇があり、社殿の造営や祭事の興行がしばしば行われています。

その後、多賀国府も有名無実となって花淵氏も当地を去ったために鼻節神社も衰退し、時期は不明ですが、鹽竈神社の末社となります。このことについては、元禄6(1693)年に伊達綱村の命により編纂された『鹽竈社縁起』にも鹽竈神社の末社であると記載されています。

明治5(1872)年5月には近代社格制度において村社に列し、明治40(1907)年3月には神饌幣帛料供進社に指定され、現在に至ります。

国府との関連

明治元(1868)年に社殿を修復した際、境内において、陸奥国府である多賀城で使用されていた国府厨印(こくふくりやのいん)が発見されました。

現在は七ヶ浜町歴史資料館に所蔵されています。国府厨印は大きさ4cm四方、厚さ1cmで頭部に丸い”つまみ”が付いた銅印です。

鼻節神社の屋根替えの際に梁の上に結び付けられた状態で偶然発見されたもので、この地に陸奥国府の多賀城の厨があり、海産物の調達に際して使用されていた可能性があると言われています。

海底に沈む奥の院

境内には大根(おおね)明神(西ノ宮・東ノ宮)を祀る二つの祠があります。

大根明神は、花淵崎の東沖7kmの海底にある南北2.5km、東西2.5kmの大根岩岩礁を境内とする神社で、猿田彦命・大海津見神・住吉神を祭神とします。

痛恨のミスで大根明神を撮り忘れてしまいました…。かろうじて写っている写真を載せます。

奥に見える石の祠が大根明神です。赤い社は八幡神社です。

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『宮城県管内神社式内調』によると、現在境内社として存在する大根神社左右宮の石祠は沖合い海底にある神社の遥拝所であるとし、大根岩岩礁には「西ノ宮」と「東ノ宮」の2社があるとしています。

また、春頃の干潮時には海底に社殿玉垣等が彷彿と見え、これこそが真の鼻節神社であると述べられています。なんてロマンのある話でしょう。ワクワクしますね。

  • 遙拝所…遠く離れたところから神仏を拝む場所。
  • 玉垣…神社・神域の周囲にめぐらされる垣のこと。

鼻節神社の当初の境内がこの大根神社にあったとする説(『宮城県管内神社式内調』)により、海底にある同社は鼻節神社「奥の院」とも呼ばれています。

その説によれば、貞観11(869)年5月26日に発生した貞観地震により、津波と地盤沈下によって境内が水没したため御殿山の現・花淵灯台に隣接してある石祠の地に遷宮し、その後、現在地に遷宮したとされます。

現在も旧暦6月1日には、潮流激しい沖合い境内の海底に潜り社殿付近からアワビを取り、その中で最大のものを新鮮な神饌として遥拝所に御供する神事「大根明神祭」が行われるそうです。

鼻節神社を歩く

アニメの聖地・怪異のウワサ

鼻節神社は、2008年に連載・放送された「かんなぎ」というアニメの聖地と言われています。

話のあらすじは以下のとおりです。

美術部員の高校1年生・御厨仁は霊感が強い少年。彼は地区展に出展するため、切り倒された神木を元に手彫りの精霊像を作っていた。すると地面に置いていた精霊像が砕け、中から「産土神」を自称する少女、ナギが現れた。神木が切り倒されてしまったために仁が住む神薙町には災厄を生むとする「ケガレ」が出現する。それを退治する為に仁とナギの共同生活が始まった。ナギの妹ざんげちゃん、幼馴染のつぐみなどを交え、明るく楽しい日常が繰り広げられるが、ナギが「ケガレ」についての詳細を不自然な程に知らなかったり、時々記憶が途切れたり、人格が変わったりして自我が脆弱であることが判明する。仁は未熟な自分と彼女を重ね合わせ、2人は共に自分探しを始める。

Wikipediaより

仙台・宮城デスティネーションキャンペーン(2008年10月1日-12月31日)に合わせて、町が鼻節神社を含めたガイドブックを作るなどして観光に力を入れていたところ、『かんなぎ』に出てくる神社のモデルが鼻節神社ではないかとファンが推察し、参拝客が5倍にまで増加したそうです。

2009年の初詣の時期には、日本各地のみならず、香港からもファンが参拝に訪れたとか。

ちなみに、「かんなぎ」でメインキャラを担当した声優の戸松遥さん(ナギ役)と花澤香菜さん(ざんげちゃん役)も鼻節神社でロケを行っています。

下の写真は拝殿下にあった、おそらくファンの方が奉納したであろうちりとりです。「神薙町内会」とあります。

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また、鼻節神社は祟り神社としても知られており、鼻節神社の崖の下に現れるという白い大蛇を見た人が発狂して自殺、それから祟りの起こる神社と呼ばれるようになったそうです。

心霊スポットとしても有名で、手水舎の付近で女性の霊が出ると噂もあります。

私が参拝した時にはいませんでした。

境内散策

参道前は駐車禁止のため、入口から徒歩3分ほどのところにある広場に車を停めます。

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鳥居をくぐり、石段を上っていきます。

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石畳の方(左手)が裏参道、未舗装の方(右手)が表参道

上り終えると、二手に分かれています。

裏参道を進みます。

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裏参道を進むと例の幽霊が出ると噂の手水舎がありました。結構新しめ。

そこから少し歩くとお社に着きます。

基本的に神社は無人で、ひっそりとしています。

私が参拝した時は、他に二組参拝客がいました。ぽつぽつと参拝者があるのかもしれません。

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参拝を終え、帰りは表参道を行くことにしました。

お社の前の急な石段を下りていきます。すると、あら素敵、真新しい注連縄(しめなわ)が張られた石鳥居がありました。額には「延喜式内鼻節神社」と書かれています。

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なんだか神々しい写真が撮れました。

この鳥居の前には、石垣のようなものが組まれ、水路のような遺構がありました

ちょうどこの写真を撮るときの足元です。そこから下に降りれそうだったのですが、ぬかるんでいたことと斜面が急だったため下りるのは断念しました。

ちなみに、鳥居付近からは浜辺が見えました。おそらく下りるのを断念した斜面から下りれる場所だと思います。

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これは帰り際に知ったことなのですが、実は鼻節神社は、今でこそ参道が整備され、陸続きで参拝できますが、本来は海からしか訪れることのできない神社だったそうです。

そう考えると、あの石鳥居付近にあった遺構は、往時の名残だと思えてきました。おそらく、上の写真の砂浜に舟で着岸し、参拝したのでしょう。

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表参道はこのような道をずっと歩いていきます。表参道は一応道にはなっていますが、足元があまり良くないため、歩きやすい格好で行くことをおすすめします。

鼻節神社は、心霊スポットと言われていますが、個人的にはすごく神聖な場所という印象でした。人がほとんどいなかったこともあってか、境内は荘厳な雰囲気で、心が安らぎました。

七ヶ浜町でランチ

帰りは神社近くにある「海の駅」に寄り、本まぐろネギトロ丼(1580円)を食べました。

これでもかというくらいマグロがのっており、とても美味しかったです。

他にも、海の駅には海産物がたくさん売っています。おすすめです!

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海の駅近くには七ヶ浜町観光案内所もあります。その付近に、こんなマンホールがあります。

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宮城県は現在ポケモンとコラボしており、ラプラスを宮城県のポケモンとして観光PRをしています。

これはそのキャンペーンの一つで、ラプラス(七ヶ浜町はメタモンがラプラスに変身)をマンホールに描いた、ポケモンマンホールを県内各地に設置しているそうです。

以上、鼻節神社と七ヶ浜町でした。

神社

Posted by きだ