藤原実方と道祖神(中将実方の墓・笠島道祖神社・佐具叡神社)

2020年10月10日

源氏物語の主人公光源氏のモデルともなった藤原実方の墓が宮城県名取市愛島(めでしま)にあります。今回は当地に残る実方にまつわる史跡を巡りました。

藤原実方について

貴公子実方

実方は、曽祖父に摂政関白忠平、祖父は左大臣師尹(もろただ)、御堂関白道長とは又従兄の間柄で、藤原一門のなかでも由緒ある家柄に生まれました。

藤原氏略系図(案内板より)

実方の生年は不詳ですが、天延3(975)年に侍従、9年後の永観2(984)年には左近衛少将、7年後の正暦2(991)年に右近衛中将、正暦5(994)年には左近衛中将に任じられています。

実方は特に和歌に優れた才能があり、中古三十六歌仙の一人にも数えられます。

百人一首には実方が詠んだ

かくとだに えはやいぶきのさしも草 さしもしらじな 燃ゆる思ひを

(訳)これほどあなたをお慕いしていると、そのことだけでも打ち明けたいのですが、どうして言うことなどできましょうか。伊吹山の「さしも草」ではないけれど、それほどだとは知らないでしょう。もぐさのようにじりじりと燃える私の思いを。

という歌が収められています。

  • さしも草…ヨモギのことで、お灸に使うもぐさの原料になる。伊吹山の名物。
  • もぐさ…ヨモギの葉の裏にある繊毛を精製したもの。主にお灸の材料となる。

実方は、持ち前の優れた才能と美貌で、平安貴族社交界の花形的存在で、宮仕えする宮女たちの憧れの的だったようです。まさに、貴公子でした。

実方、陸奥国に左遷される

そんな実方ですが、親戚にあたる藤原行成とはライバル関係にあったようです。

ある年の春、殿上人が花見に出かけた際、にわか雨が降り大騒ぎとなりました。そんな中、実方は少しも慌てず木の下に身を寄せて、

桜がり 雨は降りきぬ 同じくは ぬるとも花の 陰にかくれむ

(訳)花見をしているうち、雨が降ってきた。どうせ濡れるなら、花の陰に隠れて雨に濡れよう。

と詠み、全身雨に濡れながら装束をしぼったとか。この実方の振る舞いは、風流だとしてその場にいたみなに絶賛されます。

翌日、大納言済信がこの話を一条天皇に奏上したところ、そばにいた行成が、「歌は素晴らしいけれど、実方の振る舞いはばかばかしい」と批判します。

歌が優れていることは行成も認めていたんですね。

宮中の噂でこのことを聞いた実方は、宮中で出会いがしらに、行成の冠を取り、庭に投げ捨てるという暴挙に出ます。

『角川新版日本史辞典』より

当時の常識として、人前で髻(もとどり:結んだ頭髪)をさらすことは大変恥ずかしいこととされていました。現代で例えると、公衆の面前で服を脱がされるのと同じレベルです。

この様子を見ていた一条天皇は、実方に「歌枕を見て参れ」と、陸奥守に左遷し、陸奥国に下向させます。

こうして実方は、長徳元(995)年9月27日、華やかな日々を過ごした京の都を後にし、陸奥守として陸奥国に赴任します。

  • 殿上人…四位・五位のなかから選ばれる天皇の側近で、内裏清涼殿の殿上の間に昇殿を許された者。
  • 藤原行成…蔵人頭、権大納言などを歴任。有能な事務官僚で、温厚篤実な人柄を道長から愛された。三能書家の一人。

実方、落馬して死ぬ

陸奥国に赴任した後、実方は「歌枕見て参れ」の勅命に従って、陸奥国の名所旧跡を巡り歩いていました。

陸奥守としての4年の任期を間近に控えたころ、実方は念願であった出羽国千歳山阿古耶の松(現在の山形県山形市)を訪ねます。その帰り道、名取郡笠島道祖神の前を馬に乗りながら過ぎようとしました。

すると、土地の人が、「この神は霊験あらたかな神ですから、馬を降りて参拝をして過ぎてください」と言いましたが、実方は「下品の女神であるから、その必要はない」と無視して通り過ぎようとしたところ、馬が暴れ、実方は落馬してしまいます。

この落馬がもとで、実方は病の身となり、手当の甲斐なく、長徳4(998)年11月13日に亡くなったと伝えられます。

死の直前、実方は

みちのくの 阿古耶の松を たずね得て 身は朽ち人と なるぞ悲しき

(訳)みちのくの阿古耶の松を見たいと訪ね歩いていたが、ようやく念願が叶い、その松を見ることができたのに、怪我により京に帰れず、どことも知れぬ所で我が身が朽ちてしまうとは、誠に残念でならない。

という歌を残しています。

中将実方朝臣の墓を訪ねて

さて、実方の人生をおおまかに振り返ったところで、お墓を訪ねます。

「中将実方朝臣の墓」という看板があるため、入口はわかりやすいと思いますが、道幅は狭いです。

道路の幅はこんな感じです。駐車場が整備されています。

市民バスのバス停があるので、バスでも訪れることができます。

駐車場から200mほどのところにある「実方橋」を渡ります。

実方橋を渡ると、道が二股にわかれていますが、右手に進みます。

ここから墓までは5分程度

手前にあるのが、文治2(1186)年に西行法師が訪れた際、詠んだ歌が刻まれた石碑です。

西行法師は、

朽ちもせぬ そのなばかり とどめおきて 枯野のすすき かたみにぞ見ゆ

と詠んでいます。

玉垣に囲われた中にある土饅頭が実方の墓になります。

墓は、東西1.7m、南北2.2m、高さ0.3mの土饅頭です。

墓の側には、「中将実方朝臣之墳」と彫られた墓標が建っています。

墓の左手後方には、「実方顕彰の歌碑」が建ち、「桜がり 雨はふりきぬおなじくは ぬるともはなの かげにかくれむ」の歌が万葉仮名で刻まれていました。

墓の近くには案内板があり、その横には短歌投稿箱が設置されていました。

残念ながら、短歌の募集は令和元年度で終了という旨が、実方橋近くの掲示板で告知されていました。

ちなみに、名取市内には、実方ゆかりの地名が現在も残されているようです。一部ご紹介します。

寓舎宅(仮宿)…怪我をした実方が土地の人の家に担ぎ込まれ、仮宿として介抱された。

尸崎(かばねざき)…「われ神罪によってこうなった。死せし後屍を2,3日さらして後人の戒めとせよ」という遺言により、実方の屍を晒した場所。

釜場…実方を火葬したところ。

こうした地名を巡るのも楽しいかもしれません。詳細は実方橋を渡ってすぐの掲示板に貼ってある紙に記載されています。

さて、実方の墓を詣で、次は笠島道祖神に向かいます。

〇中将実方朝臣の墓

所在地:宮城県名取市愛島塩手字北野42

駐車場:あり

笠島道祖神社(佐倍乃神社)

藤原実方の墓を参拝後、実方を祟り殺した女神が祀られている笠島道祖神社に向かいます。

笠島道祖神社別名「佐倍乃(さえの)神社」ともいいます。道祖神は「サエノカミ」「塞ノ神」などの呼び名があるので、「佐倍乃」もそういった意味だと思われます。

地図を見てみると、今でも旧村境にあたるような場所では「塞ノ神」や「斉の神」、「サエノカミ」といった道祖神由来の地名が見出せます。

閑話休題、藤原実方の墓から700mほど南下すると、笠島道祖神社があります。

笠島道祖神社は、入り口がかなりわかりづらいです。道も狭いため、参拝時にはお気を付けください。

境内散策と祭神・由緒案内

駐車場と明示されてはいませんでしたが、鳥居前に2,3台駐車できそうなスペースがあり、そこに車を停めました。

鳥居前には下へと参道が続いています。

参拝者が少ないためか、参道には雑草が目立ちます。

随身門をくぐります。先ほどまでは寂れた印象を持っていたのですが、想像以上にしっかり管理されていて、古社に相応しい雰囲気でした。

笠島道祖神社の祭神は、猿田彦大神天細女命(あめのうずめのみこと)です。

猿田彦大神は道祖神の信仰と結びついており、道は人間の生活を守るものであることから、縁結び・夫婦和合・商売繁盛・交通安全・家運繁栄・五穀豊穣など様々なご利益があり「幸の神」ともいわれているそうです。

慶長7(1602)年に火災により宝物・文書などをすべて焼失したため、創建は不詳となっていますが、一説によると、景行天皇40(110)年の日本武尊による東征の折に勧請されたとも伝わります。

現在の社殿は、大永2(1522)年10月23日に造営されたもので、文禄元(1592)年2月15日に伊達政宗により修繕、元禄13(1700)年10月19日には伊達綱村により拝殿が修繕されています。

  • 猿田彦大神…『古事記』および『日本書紀』の天孫降臨に際し登場する神で、天照大神から遣わされた瓊瓊杵尊を道案内した神。中世には庚申信仰や道祖神と結びついた。
  • 天細女命…「岩戸隠れ」に登場する芸能の神。猿田彦大神の妻とする説もある。

道祖神社の御朱印もいただけました。猿田彦大神のお姿を表した判子が押されています。現在は新型コロナウイルス感染症予防のため、書置きでの対応のようです(令和2年8月21日時点)。

また、境内には、『延喜式』神名帳にある名取郡二社のうちの一つ、佐具叡神社が祀られています。

佐具叡神社(境内社)

佐具叡神社は、元々は実方の墓の北側丘陵上に鎮座していましたが、文政元(1818)年に実方の墓付近に移転、明治43年に笠島道祖神社境内に合祀されました。祭神は高皇産霊(たかみむすび)神とされていますが、諸説あってはっきりしないそうです。

佐具叡神社元宮が実方の墓付近にあるようですが、見つけることができませんでした。

  • 高皇産霊神…天地開闢の際に現れた五柱の神の一柱。創造を神格化した神。

〇笠島道祖神社・佐具叡神社

所在地:宮城県名取市愛島笠島西台1-4

駐車場:鳥居前に駐車可能なスペースあり

御朱印:あり(初穂料300円)