零羊崎神社~牡鹿十座筆頭の延喜式名神大社~

2021年3月12日

『延喜式』神名帳によると、陸奥国には100座の延喜式内社があり、そのうちの10座が牡鹿郡(現在の宮城県石巻市周辺)に集中しています。

今回は、その牡鹿郡十座筆頭である延喜式内名神大社零羊崎神社です。

「零羊崎」と書いて「ひつじざき」と読みます。神社は石巻市牧山(まぎやま)山頂に鎮座しています。

  • 陸奥国…現在の青森・岩手・宮城・福島県。
  • 延喜式内社…律令法の施行細則を集めた法典である『延喜式』(延長5(927)年完成)に名が記載された神社。
  • 名神大社…延喜式内社のなかでも特に霊験が著しいとされた神社。

境内散策と祭神・由緒案内

さて、それでは早速境内を散策します。

ちなみに、零羊崎神社と境内社の御朱印については、後半でご紹介しています。

神社の駐車場までは狭い山道を進んでいきます。あまり車は通らないものの、すれ違うのは結構きついです。
山道を10分ほど進んでいくと、開けた場所に出ます。奥へ進むと、立派な建物(社務所)があるので、車を社務所向かいにある駐車場に停めます。

社務所前には掲示板があり、境内図が貼られていました。

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今回は、「栄存神社・元三大師堂」→「三吉神社」→「零羊崎神社」→「栄存法印奥津城」の順で参拝しました。

栄存神社・元三大師堂

栄存神社・元三大師堂には、社務所の前を通り参拝します。

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社務所の入口。栄存神社・元三大師堂はこの奥にある(令和2年7月22日撮影)

社務所の前を通り、奥まで進むと、立派な石鳥居が出現。

正面が栄存神社、手水舎の後ろに見えるお堂が元三大師堂です。

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令和2年7月22日撮影

栄存神社の祭神は、片桐且元の孫と伝わる栄存法印です。

栄存法印は、仙台藩主の命で零羊崎神社別当となり、神社の復興に努めたほか、石巻地方の発展にも多大な功績を残した人物です。しかし、法印の活躍を妬んだ者により、無実の罪を着せられ、牡鹿郡江の島に流罪となり、そのまま江の島で没します。

栄存神社は、栄存法印の没後、法印の遺徳を慕う村民たちにより創建され、「正義を守る神」として、「火難防除」「安産守護」などさまざまな御利益があるそうです。

  • 片桐且元…豊臣秀吉に仕え、賤ヶ岳の戦いでは七本槍の1人に数えられる。豊臣秀頼の後見となるも、淀殿らと不和になり大坂城を退去、大坂の陣で豊臣家が滅びると、徳川家康に仕えた。
  • 法印…山伏のこと。

続いては元三大師堂です。

お堂は栄存神社前にあります。堂内に祀られる元三大師は、元々江戸時代に牧山にあった天台宗法泉寺に安置されてましたが、明治維新により法泉寺が廃寺になった際、現在の場所に移したものといいます。

  • 元三大師(がんざんたいし)…比叡山延暦寺第18代座主を務めた良源が、角を生やした鬼の姿になり、諸厄を追い払った時の姿を表したもの。

風情ある参道と道祖神

さて、栄存神社と元三大師堂を参拝した後、山頂にある零羊崎神社に向かいます。

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駐車場からすぐのところに参道入口がある(令和2年7月22日撮影)

前日まで降っていた雨のため、足元が若干ぬかるんでいたものの、しっとりと湿った草木を陽光が照らし、とても雰囲気の良い参道になっていました。

ちょっとした登山気分です。

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参道は舗装されていない(令和2年7月22日撮影)

参道入口から5分ほど進むと、お稲荷さんがありました。参拝して先に進みます。

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令和2年7月22日撮影

お稲荷さんをお参りし、先に進むとまもなく、道祖神のお堂と石碑が見えてきます。

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参道脇の石段を数段上った先に祀られている(令和2年7月22日撮影)

石巻地方の道祖神は、管見の限りでは文字に彫られているのがほとんどだったため、このような形式は珍しいと感じました。

たくさんの道祖神を前にして思わず「おおおお」と歓声をあげてしまいました。

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令和2年7月22日撮影

対になっているものは初めて見ました。

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令和2年7月22日撮影

年代はそこまで古くはなく、明治以降のものが多かったように思います。

道祖神を通り過ぎ、5分ほど歩くと、三吉神社に着きます。

三吉神社

境内社である三吉神社は、秋田県の太平山三吉神社から勧請され、三吉大神ほか10柱の神々を祀っています。「五穀豊穣」「海上安全」「大漁成就」「身体健固」の御利益があるそうです。

この三吉神社には、ぜひ見ていただきたい、ゆるくてかわいい狛犬がいます。

阿形の狛犬(令和2年7月22日撮影)
吽形の狛犬(令和2年7月22日撮影)

生来の滑らかなボディが雨上がりで湿っていることも相まって、なんともいえないぬるっと具合を演出しています。

三吉神社を過ぎると山頂に着きます。

山頂までの所要時間は、大体10~15分ほどです。

零羊崎神社

零羊崎神社本殿に着きました。

右手にあるのが祭務社で、お守りや御朱印などはここでいただきます。

御朱印については後半で書いていますのでそちらを参照してください。

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三の鳥居側から撮影(令和2年7月22日撮影)

先ほどまでの参道を通ると、写真左手にある手水舎の側にでます。

零羊崎神社の由緒書によると、応神天皇2(271)年に神功皇后の勅願により「ヒミツニサケノカミ」という名を賜わり、東奥鎮護のため牡鹿郡龍巻山に祀られたのが始まりだそうです。

祭神は豊玉彦命で、海上安全、五穀豊穣、商売繁盛などの御利益があります。

いつ頃現在の社号になったかはわかりませんが、いつの頃からか「零羊崎」となり、龍巻山も「龍」が除かれ「牧山」となったようです。

零羊崎神社は『続日本紀』にも記載があり、天安3(859)年正月には正五位下勲六等から従四位下の位を与えられているほか、延喜年間に編纂された『延喜式』神名帳では、名神大社として記載されています。

  • 豊玉彦命…大海津見神(おおわたつみのかみ)とも。海上守護の神。
  • 続日本紀…勅撰の歴史書。延暦16(797)年完成。文武元(697)年から延暦10(791)年間を編年体で記述。

ちなみに、『延喜式』神名帳記載の零羊崎神社は、石巻市の真野という地区にある零羊崎神社とする説もあるようです。

真野の零羊崎神社にもそのうち行ってみようと思います。

零羊崎神社から栄存法印奥津城まで

零羊崎神社を参拝後、山頂を散策します。

山頂からは、太平洋が一望できます。

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牡鹿半島方面が一望できる(令和2年7月22日撮影)

山頂までは、先ほど登ってきた参道のほかに、牧山の麓から登ってくる参道があります。

麓に続く参道を下りていくと二の鳥居に出ます。

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令和2年7月22日撮影

この場所は、車で山頂に登っていく道路に面しており、ここにも車を停めることができるスペースがあります。

さらに麓に降りる参道は続いていますが、この二の鳥居付近に栄存法印奥津城(おくつき)があります。

奥津城とは、神道式のお墓のことです。

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右手奥のお社に奥津城がある(令和2年7月22日撮影)

奥に見えるお社の中に栄存法印の奥津城が祀られています。

奥津城はお墓としてはかなり大きいサイズでした。また、お社に彫られた紅葉の彫刻も見事でした。

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令和2年7月22日撮影

こちらの宝篋印塔は、石巻市指定文化財で、零羊崎神社別当の供養のために建立されたそうです。

この奥津城エリアは、宮司さん一族のお墓のようで、法印名の墓石や僧侶の墓(元あった寺の関係者?)がたくさんありました。

2m以上の大きな墓石(このサイズを見るのは初めてで驚きました)もあり、往時の繁栄を物語っていました。

『延喜式』には、牡鹿郡に10座の式内社が記載されていますが、零羊崎神社はその筆頭とも言える神社です。

なかなか見ごたえがあるので、石巻へお寄りの際はぜひ参拝されることをおすすめします。

「牧山」地名考~鬼と蝦夷~

零羊崎神社がある牧山は、神社の由緒書では「龍巻山」の「龍」が除かれたものといわれています。

これとは別に、牧山の名の由来として、興味深い伝説が2つ伝わっています。

魔鬼と牧山

石巻市河北地区に、「牧野巣」(まぎのす)という地名があります。『河北町誌』に、牧野巣と牧山にまつわる伝説が記されています。

牧野巣にはその昔、魔鬼(まぎ)という鬼が住んでおり、村人を攫ったり、金品を略奪するなど、村人から恐れられていた。ある日、魔鬼の住処の方から、血が流れ出ているのを村人が見つけ、様子を見にいくと、魔鬼が首を斬られ死んでおり、その魔鬼の首が飛び去り落下した場所が、魔鬼山(牧山)である。

という伝説です。

史実かどうかはさておき、平将門を彷彿とさせる興味深い伝説です。

蝦夷と牧山

牧山には、奥州三十三観音霊場の札所である梅渓寺というお寺があります。

牧山は蝦夷の大嶽丸一党の魔鬼が根城としており、魔鬼山と呼ばれていたが、坂上田村麻呂により征伐され、田村麻呂の陣中守り本尊である龍乗聖観世音菩薩を安置し、魔鬼山寺と号したのが梅渓寺の始まりであると伝わります。

その後、弘仁7(816)年に田村麻呂が梅谷寺(梅渓寺の前身)と号する天台宗寺院を創設し、魔鬼山寺の別当寺とし、「魔鬼山」も「牧山」に改めたそうです。

どちらも「魔鬼」という鬼(蝦夷)が登場します。

東北地方において、延喜式内社(官社)が集中する地域は、政情不安定な地域だったと考えられており(伊藤、1996)、鬼(蝦夷)にまつわる伝説も当時の世情を反映してつくられたのかもしれません。

真偽はさておき、こうした伝説が残っているのも歴史ある神社の醍醐味です。

御朱印について

零羊崎神社祭務所では、零羊崎神社と境内社合わせて4種類の御朱印がいただけます。

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初穂料は300円です(令和2年7月22日撮影)

今回は零羊崎神社の御朱印と、厄年なので元三太師さまの御朱印を頂きました。

元山大師ってかわいいですよね。

参考文献

伊藤清郎「古代の神社と仏教」『石巻の歴史 第一巻』(石巻市、1996)

角川学芸出版編『角川新版 日本史辞典』(株式会社KADOKAWA、2013)

河北新報出版センター『奥州三十三観音の旅』(河北新報出版センター、2017)

河北町誌編さん委員会『河北町誌 上下巻』(河北町、1979)

宮城県神社庁編『宮城縣神社名鑑』(宮城県神社庁、1976)

三宅宗議「古代の政治と神祇」『石巻の歴史 第四巻』(石巻市、1988)

神社

Posted by きだ