勿来の関伝承地
宮城県利府町にある勿来の関伝承地に行ってきました。
宮城県の松島町から仙台市につながる利府街道(県道8号線)道中に「勿来の関跡」と伝わる場所があります。
勿来関は、古代から歌枕となっている関所の1つで、江戸時代の終わり頃からは、白河関・鼠ヶ関と合わせて、「奥州三関」の1つに数えられています。
勿来の関の場所は考古学的に現在もわかっていませんが、陸奥国府・多賀城や松島丘陵の軍事的な意味合い、19世紀ごろの江戸時代の絵図『陸奥名所図会』などを根拠に、奥大道と名古曽川(なこそがわ)が交わる宮城県宮城郡利府町森郷字名古曽に比定する説があります。
なお、勿来の関は福島県いわき市にあったとする説もあり、いわき市では勿来の関記念公園が整備され、観光地化されていますが、利府町の勿来の関伝承地は説明看板があるのみで、観光地らしさは皆無です…。いわき市にあったとする説が有力のようです。
奥には「勿来曽神社」と彫られた石碑や「山神」の碑が祀られていました。ワンカップの容器が散乱したり、枯葉が積もっていたりとしばらく人の手が入っていない様子でした。
この場所は、周辺に勿来の関ダムが建設されたため地形が大きく変わり、現在は「なこその関」の説明看板と江戸時代に建立された「勿来神社」の碑、利府街道沿いに「勿来の関跡」の誘導看板が設置されているのみとなっています。
なお、「勿来神社」の碑から約4km南に多賀城政庁跡(宮城県多賀城市)があります。また、約700m北東に「北宮神社」があり、これは陸奥府中の北端を示す「北宮」だったとされています。
説明板の地図を見ていただけるとわかると思いますが、勿来の関伝承地付近は古代東北の中枢に関わる史跡がたくさんあります。
個人的なおすすめスポットは、七ヶ浜町にある鼻節神社という延喜式名神大社です。勿来の関伝承地から車で30分ほどです。鼻節神社についてはこちらの記事で紹介しています。
ディスカッション
コメント一覧
「勿来」の漢字表記は、長久保赤水がいわきの名古曽の関に一作したことが東奥紀行に記されています。
利府町説の依書の〚奥州名所図会』は、その後に出版されたものです。随所に〚東奥紀行』を引用しています。そのなかに「神書にいわく、久那土(くなど)神が来勿度(くなど)神になって関の名になって勿来に縁している」(大要)とあります。又、師頼(もろより)の歌に「・・・二十日あまりに・・・なこそせきやこゆらん」
と、都からなこそのせきまでは二十日では厳しく、今日こそ着くだろうとあります。当時の平均歩測から21日になり、いわきのなこそまでピッタリ符合します。このほかもいろいろ一次史料等あります。
又奥州名所図会の作者は八幡宮の神官だったことから、八幡太郎源将軍の「ふくかぜを・・・」の歌を私する
利害関係が認められます。古くは、明治時代に幸田露伴も「利府説は取るに足らない」と遺されています。
長久保清流さま
コメントありがとうございます。
いろいろと一次史料があるのですね。今回挙げていただいた史料を読んでみたいと思います。
ご教示いただきましてありがとうございます。大変勉強になりました。